第29回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第29回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
懐かしいタッチに新鮮なアイデアが光る
ポップなイラスト作品に審査員全員が投票。
■日時 2007年10月11日(木)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2007年10月9日(火)〜10月25日(木)
「全体的に展示がヘタ」「みんな違った方向性の表現」
ガーディアン・ガーデンの展示スペースで10人の作品を入念にチェックする各審査員。緊張しながらも審査員の質問に一所懸命に答える10人の出品者。一年後の個展開催の権利が与えられるグランプリをめざして、一坪のスペースを使って思い思いに作品を展示している。この後、一般見学者が待つ会場へと場所を移して、 公開二次審査会が始まった。一次審査を突破した10人によるプレゼンテーションの概略は以下の通り。
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榮
昔、理科の実験で用いたプレパラートを使って制作した作品。プレパラートは何らかの細胞をガラス板の間にはさんで顕微鏡で覗くと思いもよらない世界が広がる、まるで魔法のガラス板。今回はその世界をイメージして、ガラス板に絵の具をはさんでみた。色の組み合わせや偶然できる形を楽しんでもらう実験的な作品。
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重松
作品づくりをするにあたって、人とのコミュニケーションや繋がりを大事にしている。そうして出会った魅力的な人たちをモデルにしたのが今回の作品。面識のないモデル同士が自分の作品を通して繋がっていければいいと思った。レセプションパーティをテーマに、出演してくれた人を王様に見立てて王冠を作った。
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馬込
「引きずり込まれる感覚」をテーマに絵を描いた。自分の面倒くさがりな性格にあせりを感じつつも、一方ではダラダラした生活が好きでもある。そんな、居心地のいいぬるま湯をイメージした。個展プランは、社会問題など日頃から考えていることを自分なりの解釈で、暗くてもシンプルに表現できればと思う。
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ヲ山
「にゃんにゃん日和」というタイトルは、女の子ならではの感覚や世界観を表現したかったので。喫茶店などで紙に描いた小さな作品もある。子供の頃から落書きが好きだったので、こそこそと描いた私小説のような作品を発表したいと思った。女の子アイテムを多用して、ガンダム好きな男の子をキュンとさせたい。
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川地
お菓子を作ることが大好き。伝統的な金属工芸技術を使って焼き菓子を作る道具を作った。食べることについて想像したものをケーキを使って表現したもので、この道具と焼き上がったケーキの両方が作品だと思っている。個展をやることになったら、いろんな新作を発表したり、会場にキッチンを置いたり楽しい展示にしたい。
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片岡
ひとつの図の中に二つの意味があるような、両義性のある絵を描いている。パッと見ると、うさぎの絵だが、よく見ると人間が両側からうさぎを食べようとしてるといった、だまし絵の要素を含んでいるモチーフをフォトショップで描いた作品。個展ではB0サイズの大きくて迫力のある絵を18点ほど展示したい。
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古谷
例えば歩いていて、つまずいた拍子にふと頭からでちゃった。そんな自然体で毎日描きためた絵を展示した。日常の中で感じたことや人に会って思ったことを描いた記録。個展プランは、自分はかなりの量を描いているので、大きく引き伸ばしたポスターやTシャツ、グッズなども含めて原画を300点くらい展示したい。
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しんばら
ただマーカーペンで単純な線を描き、それをハサミでザクザク切った形を使って、 遊ぶような感覚で楽しみながらマーチというテーマで作品をつくった。日頃から色や形の組み合わせにワクワクしているので、個展プランは、展示空間いっぱいを色画用紙の上にちりばめた自分の色と形で埋め尽くしてみたい。
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堀川
描いた二つの建物は、それぞれ銀行とビジネスホテルとして数十年の時を経て役目を終えて解体されたもの。その様子は見たこともない姿を見せ、内部からは建物いっぱいに詰っていた記憶が流れ出し、思わず立ち止まってしまう記憶の穴のようで美しいと感じた。のぞき穴から覗いているように夢中で絵にした。
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矢野
普段耳にする環境問題や戦争などのニュースを自分の自由な解釈で描いた。ベースの銀色の紙は、たまたま画材屋さんで見つけた。暗いトーンに見えるかもしれないが、自分としては希望のようなものを表現したつもり。見る人に自由に解釈してもらえれば、それでいい。今後も新しいものにチャレンジしていきたい。
全員のプレゼンテーションを聞き終えて各審査員が全体の感想を語る。今回が初審査となるナガクラさんは、開口一番「全体的に展示がヘタ。飛び抜けている人がいなくて誰に票を入れるか悩んでいる」とがっかりした様子。佐野さんは「みんな違った方向性の作品。バラエティに富んでよかった」と満足そう。青葉さんは「展示を見ると、ほとんどの人がポートフォリオより良くなかった。それぞれの良さが出ていない」と辛口な印象。上田さんは「前回に引き続いて審査するが、すんなりグランプリが決まった前回とは違い、決めるのが大変だと思う」と悩む。大迫さんは「全体的に方向がバラバラでおもしろかった。実力は横一線で誰にしようかという感じ」とまだ絞りきれていない印象。
「作品には懐かしさを感じる」「アイデアの新鮮さは評価できる」
そこで、出品者一人ひとりに対して意見交換が行われた。まずは榮さんの作品について。青葉さんが「きれいな作品で面白いと思うけど、顕微鏡写真など現実のほうがもっと美しい。実験的だと言っていたが、作品になりきっていない」と印象を語ると、大迫さんも「ポートフォリオの“PRAPARAT”という文字を圧着した作品は変化があって面白いが、今回のものは変化が見えない」と物足りなさそう。「この作品は表現というより、方法論としての提案だと思う。誰もやっていないことに挑戦したところは評価できる」とは佐野さん。続いて、重松さんの作品について。青葉さんが「王様を誰にするかによっては面白い作品。自分の身の回りにいる人ばかりをモデルに選んでいるようでは広がらない」と言えば、上田さんも「良くできているけど、あまりにも個人的な思いが強すぎ。もったいない」と同意見。ナガクラさんは「すごく良くできていて、ディテールもすごい。でもそれだけだった」とまとまり過ぎとの意見。馬込さんの作品について。大迫さんが「まとまり過ぎている感じ」と印象を述べると、佐野さんも「すごく突き抜けたところがなく、普通な感じで残念」と同じ見方。ナガクラさんは「絵のトーンは好きだが、キャラクターに意味がない。何も伝わってこなかった」とがっかりし、上田さんも「もう少し、いいかげんなところやハチャメチャな部分があったほうが面白くなると思う」と指摘。ヲ山さんの作品について。佐野さんが「どの絵もいいなと思った。個人的な思いがあって強いと思う。可能性を感じた」と評価すると、ナガクラさんは「絵のキャラクターはいいと思ったが、展示で作品を活かしていない」と。上田さんも「自分の絵の良さをわかっていない。展示が安っぽかった」と展示に苦言。大迫さんは「絵は評価するが、発表する覚悟ができていないのかも」と未熟さを指摘。川地さんの作品について。青葉さんが「ポートフォリオを見た印象で言うと、もう少し造形的なものがほしかった」と仕上がりに触れると、「ちょっと表現がヌルい」と大迫さんも同様の印象。上田さんも「もう少しお菓子の方の完成度がほしかった」とほぼ同意見。片岡さんの作品について。青葉さんが「だまし絵のモチーフとなるアイデアがもう少しほしかった」と言えば、ナガクラさんも「好きなタッチだが、みんなを驚かせるイラストが一つあれば面白かったのに」と残念そう。上田さんも「4つの絵は色のバリエーションもアイデアも同じ調子だった」と惜しむ。自分のイラストレーションをプリントしたTシャツを着て、プレゼンテーションに臨んだ古谷さんの作品について。佐野さんが「僕はすごくいいと思った。全部同じサイズにしたフラットな展示もカラッとしていて良かった」と口火を切ると、大迫さんも「アイデアの新鮮さは評価できる」と。ナガクラさんは「展示作品からは懐かしさしか感じない。もっと言えば、Tシャツにした絵の雰囲気の方がいい」と既視感を強調すれば、上田さんも「品があって好きだけど、どこかで見た感じがある作品」と同様の印象。青葉さんは「良いものを持っている人なので、展示する作品をしっかり選んだほうがいいと思う」と評価。しんばらさんの作品について。青葉さんが「この展示はポートフォリオに比べ、突然変異的に良かった」と驚くと、佐野さんも「ポートフォリオの作品も好き。展示作品も大胆なところが魅力的だった」と好印象。ナガクラさんは「雑すぎるのでは」と厳しい。「見ていて楽しい作品」とは上田さん。堀川さんの作品について。青葉さんが「狙いも良い、アートとして成立している」と身を乗り出せば、上田さんも「描くことにふっ切れた感じが良かった」と同調。ナガクラさんは「解体した建物というビジュアルに新鮮さを感じない」と疑問視すると、佐野さんも「あまりコミュニケーションする作品だとは思えなかった」と評価に苦しむ。最後に、矢野さんの作品について。大迫さんが「絵一枚一枚は良く描けている。彼の過去の出品作品に比べるとすごく良かった」と成長を強調するも、ナガクラさんは「ポートフォリオのエネルギッシュな感じが出ていない」と残念がる。上田さんは「見る人が勝手に解釈できる作品だと思う」と表現のユニークさに触れる。
「次の段階に行ってほしい」「立派に個展を開催できる人」
全員に対する意見交換が終わったところで、各審査員が3名ずつグランプリ候補を発表。その結果は
青葉/古谷 堀川 矢野 (片岡 しんばら)
上田/古谷 しんばら 矢野 (榮 川地)
佐野/榮 ヲ山 古谷 (しんばら 矢野)
ナガクラ/ヲ山 古谷 矢野 (重松 片岡 )
大迫/古谷 しんばら 矢野 (榮 川地) ( )内は次点
これを集計すると、
古谷/5票 矢野/4票 ヲ山/2票 しんばら/2票 榮/1票 堀川/1票
大迫さんが「5票の古谷さん、4票の矢野さんの二人に絞って議論をしたいと思います。このなかで一人だけ矢野さんに票を入れていない佐野さんの意見を聞きたい」と進行して、佐野さんが「矢野さんの作品も良いと思ったが、古谷さんのほうがより良いと思った。古典的な絵だが、逆に今は新しいと感じた」と古谷さんを推す。続けて、ナガクラさんは「古谷さんは次の段階に行ってほしい。矢野さんはもっと乱暴になってほしい」と両者にも注文を出す。上田さんは「どちらかに決めるのは難しい。どちらの個展も見てみたいと思う。ただ、古谷さんの先は何となく見える気がするが、矢野さんはスリリングな感じでどう転ぶか分からない」とこちらも決め手に欠ける様子。青葉さんは「期待するのは矢野さんだが、成長過程なので一年後の個展は早すぎると思う。古谷さんの方が、グランプリ作家としての個展のイメージができる」と古谷さんを推す。大迫さんも「古谷さんに今回は期待したい。矢野さんにはもう一度、挑戦してほしい気もする」と古谷さんの個展に期待。大迫さんが各審査員に確認して「これまでの話をまとめると、ナガクラさんと上田さんは5割と5割ですが、佐野さん、青葉さん、大迫の3人が古谷さんを推しているということで、第29回グラフィックアート『ひとつぼ展』のグランプリは古谷さんに決定したいと思います」と高らかに宣言。審査会場がわれんばかりの拍手に包まれた。見事、満票を獲得してグランプリとなった古谷さんが「ありがとうございました。今は頭の中がゴチャゴチャしていて、どう考えていけばいいのか、わかりませんが、良い個展になるようにこれから頑張ります」と挨拶して公開二次審査会は終了した。
「ぜったいにグランプリは獲れないだろう…」
審査会が始まる前は横一線という審査員が多かった中で、結果的に満票を獲得してグランプリとなった古谷さんに審査会の直後に聞いた。「いろんな方にいろんなアドバイスをいただけたので、もうそれだけでも良かったと思います。ぜったいにグランプリは獲れないだろうと思っていたので、正直びっくりしています。一年後、個展を見に来てくれる人たちに良いと思われる作品を作っていきたいです」と自分自身が一番驚いているようだった。そして、4票を獲得してグランプリの古谷さんと最後まで競った矢野さんは「絵はずっと描き続けるので、次また頑張ります」と対照的にサバサバした表情で語ってくれた。2票を獲得したヲ山さんは「とても緊張しましたが、楽しかったです。審査会の雰囲気を十分楽しめました。票を入れていただいてうれしかったので、また挑戦します」と次の出品を約束してくれた。同じく2票を獲得したしんばらさんは「悔しい。かなり悔しいです。いろいろと勉強になりましたし、楽しかったです。また挑戦したいですね。でも悔しい」と何も考えられないという感じ。1票を獲得した榮さんは「矢野さんを見て、プレゼンテーションの雰囲気づくりが大切だと痛感しました。銀座で作品を展示できる機会なんて、そうそうないので貴重な経験をさせてもらいました」と謙虚に語ってくれた。同じく1票を獲得した堀川さんは「3回目の入選ですが、自分では前回と特に変わったという意識はありません。青葉さんが言われたコメントと1票がうれしかったです。次も建物で行きます」と一皮むけた様子。重松さんは「グランプリを目指しましたが残念でした。悔しいですね。次に向けて準備します」と前を向く。馬込さんは「厳しいですね。これからもっと頑張っていかないと、という気になりました」と自分を一回ぶっ壊すと語ってくれた。川地さんは「ただケーキを焼いて自分で楽しむだけではダメだと気づかせてもらいました」と自分の表現を追求していく覚悟が伝わった。そして片岡さんは「自分の課題が明快になりました。ただ、今できることは全部やりました」とホッとした表情で語ってくれた。終わってみれば、出品作品をTシャツにプリントして着用するなど、『ひとつぼ展』を楽しんでいるようにも見えた古谷さんがグランプリを獲得。一年後はどんな手で楽しんでくるのか、期待したい。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>